この日、エチェベリアは全国的に天気が崩れていた。
 早朝は小雨程度だった雨足は、昼間になる頃には地団駄を踏むかのように
 活性化し、数m先を見渡す事も困難な程になっている。
 当然、商売をしている人間にとって、雨は天敵。
 薬草店【ノート】も例外ではない――――筈なのだが、先日の食虫植物騒動で
 固定客が離れた事もあり、元々ここ数日は客足が極端に少なく、
 余り影響は見られない。
 そんな悲しい現実を受け止めつつ、フェイルは店内の改装に着手していた。
 失った信頼を取り戻す為。
 そして、もう直ぐ訪れると言う噂の勇者に来て貰う為。
 それにはやはり、訪れた客が好印象を抱くような内装であるべき。
 と言う事で、フェイルはここ数日考えに考え、あるテーマを元に準備を
 行っていた。
 そのテーマとは『動物』。
 老若男女、どんな人間にも人気の動物をモチーフとした内装にする事で、
 大人から子供まで入りやすい店にすると言う訳だ。
 それが直接的に売り上げに繋がるかどうかと言うと、そんな甘いものではない
 と言う事は百も承知。
 だが、店に入って貰わない事にはどうしようもない。
 商品競争で大手に勝てるはずもないのだから、こう言った面でアピール
 していくしかないのだ。
「……良し、出来た!」
 フェイルは間断なく雨音が響き渡る中、思わず大声をあげて成果を祝した。
 非常に粗雑な羊皮紙を安く購入し、それに描いたのは2匹の仔犬。
 愛らしく走り回るその姿は、誰が見てもその心を和ませるに違いない――――
 そう確信し、早速入り口の傍の壁に貼った。
 小さな一歩。
 しかし、確かな一歩。
 この薬草店【ノート】を盛り上げる一助となる事だろう。
「……はぁ」
 フェイルは暫しその絵をカウンターから眺め、悦に浸った。
 一方、朝から続いたその作業中、忙しない雨足とは対照的に、客足は
 一向に聞こえて来ない。
 とは言え、これだけの雨。
 元々、薬草のように必需品とは言い難い商品を扱う店は、天気によって、
 または気候によって客足が大きく変動する。
 この日売り上げがゼロでも、それは仕方のない事だと割り切っていた。
(……もう閉めようかな)
 整然と並んだ商品の面々と睨めっこしつつ、熟考。
 湿気は薬草の管理に影響を及ぼす物ではないが、来ない客を待ち続ける
 この時間は、余り有益とは言い難い。
 既に外は暗くなっており、今後の来客の可能性は皆無と言って差し支えないだろう。
 早めに食事を取り、一日中絵を描いて疲労した身体を労わる方が、
 賢い時間の使い方かもしれない。
(良し。決めた)
 決心し、フェイルは椅子から腰を上げた――――
「早く! 早く!」
 刹那、急かすような声が店の外から聞こえてきた。
 雨音を裂くその声に続き、今度は水溜りの出来た地面を駆ける足音が
 かなり小さい間隔で届いてくる。
 更に、具体的な内容の聞き取れない会話が空気を伝達し、フェイルの鼓膜を擽る。
 閉めようとした途端に来客――――よくありそうな状況ではあるが、どちらかと言うと
 雨宿り目的の冷やかしである可能性が高い。
 しかし、冷やかしから準固定客へ昇格を遂げるケースもある。
 まして、今はそれにも縋る思い。
 丁度内装の一部を変更した成果を試す事にも繋がる。
 そもそも、営業妨害を企てない限りは皆等しくお客様――――それが、正しい
 接客業の在り方なのだ。
 斯くして、来客。 
 足音の質が変わり、息を切らしたその呼吸音が伝わってくる。
「いらっしゃいませ」
 フェイルはその客の従者にでもなったような心持ちで、来店を歓迎した。
 接客とは、即ち愛。
 等しく人間愛。
 お客様は神様です、の精神だ。
「あのー……わわっ!? うわわわわわーーーーっ!?」
 だが――――勢いよく飛び込んで来た刹那に突然体勢を崩して転倒、その道連れに
 一日かけて作成した犬の絵を引き裂かれ、陳列した植木鉢を満遍なく落とされ、
 尚且つ身体全体で床を転がる中で花を多数潰された日は、接客がどうと言う
 問題ではない。
「な、な、な……」
 フェイルはものの数秒で丸一日の努力が無に帰した現実と、愛店の散々たる
 変貌振りに唖然としつつ、その原因に目を向けた。
 来店者――――もとい来襲者は合計三名。
 内二名が女性だ。
「……はあ」
 一人は、腰の辺りまで髪を伸ばした猫っぽい目の女性。
 上品な顔立ちをしている。
 どうやら剣士らしく、腰に細めの剣帯を締めており、腕には深い蒼のガントレット、
 肩から腰にかけて薄めの鎧を装備している。
 金属製の防具ではあるが、軽装のカテゴリーに属する格好と見ていいだろう。
 年齢はフェイルの目測では20歳前後。
 玄関口で、嘆息しつつ顔を手で覆っている。
「……」
 その隣で同じく嘆息しているもう一人の女性は、小さい身体を大き目のローブで
 包んでいる。
 顔立ちは幼く、両側を縛って二つの尻尾を作った髪形が、更にそれを助長させていた。
 一方、店内を眺める眼差しと表情には、どこか大人びた雰囲気も含有している。
 服装から察するに、どうやら魔術士らしい。
「きゅ〜」
 そして。
 この惨状の加害者、床に転がって目を回している唯一の男性――――と言うより少年。
 頭に巻いたピンクのバンダナが印象的だが、それ以上に印象的なのが、
 背負っているリュック。
 明らかに容量をオーバーしているその物体が、この惨劇の要因である事は
 火を見るより明らかだった。
 これを何かに引っ掛け、バランスを崩し、倒れた際に破壊活動を行使したらしい。
 フェイルは記憶にない種類の汗をだーっと流しつつ、昏倒している破壊主を
 困惑した顔で見つめた。
「ふにゃ〜」
 しかし、意識が戻る気配はない。
 仕方なく、連れの二人に視線を向ける。
「えっと……どうしてくれましょうか」
「どうぞご自由に」
「煮るなり焼くなり。なんなら、私手伝います」
 剣士は他人事のように、魔術士はそれ以上に感情を出さず、しれっと答える。
 怒りのやり場がどうにも定まらず、フェイルは思わず顔を覆った。 
「全くもう……勇者ともあろう人間がどうしてこういつもいつも……」
「……え?」
 頭を抱える剣士の発言に、フェイルは間抜け顔で聞き返す。
「ま、信じられないでしょうけど」
 そう呟くように漏らし、彼女はもう一度嘆息した。


 遠い遠い――――昔の話。
 このエチェベリアに『デルパウラ』と呼ばれる魔王が降臨した。
 魔王は国全土を恐怖と混沌に陥れ、人民はその不遇な時代に嘆き、苦しみ、跪いた。
 しかし、そんな時代に終止符を打つべく立ち上がった男がいる。
 アレッサンドロ=コスタクルタ――――仲間と共に数々の苦難を乗り越え、
 壮絶な旅路の果てに魔王を討伐し、エチェベリア全土に平和と秩序をもたらした
 英雄の名前である。
 幾多の試練にも勇気をもって立ち向かう彼の姿に、憧れと感謝の念を抱く者は多く。
 その旅に関わる誰もが、彼をこう呼んだと言う。

 勇者――――と。

 時の王、ヴァジーハ一世はこの呼び名を正式に称号に採用。
 以降、時代の節目節目で現れる、国を救い、人民を守り、平和へと導いた者は
 国王から直々に『勇者』という称号を与えられた。
 ある者は、『北の厄災』と呼ばれ恐れられた厄病に犯されし大地を見事浄化。
 ある者は、隣国との戦争を僅か数名の仲間と共に終結へと誘導。
 またある者は、国土汚染と呼ばれる生物兵器の蔓延を未然に防止。
 ――――と言った具合に、いずれも歴史に刻まれる偉業を成し遂げた彼ら一般人は
 皆『勇者』と呼ばれ、その称号は歴史を重ねる度に問答無用の最強ブランドへと
 昇華されて行った。
 勇者は常に羨望の眼差しを向けられ、憧憬の的として崇められ、神聖な存在として
 祈りを捧げられる。
 いかなる財宝よりも高価で、どのような資源よりも貴重な存在なのだと――――
「ううう……申し訳ありません〜」
 そんな勇者様が半ベソかきながら土下座している姿を眺めながら、フェイルは
 沈痛な面持ちで頭を抱えていた。
「……」
 無言で何度も見返すメモ帳には、大凡の損害額が粗雑な字で計算されている。
 店の存続を揺るがすような大損害――――とまではいかないものの、薄利経営の
 薬草店【ノート】にとっては、取り戻すのにかなり長い期間を要する金額だ。
 まして、現在はかなり厳しい状況。
 その打破となる最初の一歩も、今や唯の紙屑だ。
「取り敢えず、故意による器物破損という訳ではないですし……大事にするつもりは
 ありませんので、お顔を上げて下さい」
 そんな現状を嘆く一方、他にどうする事も出来ず、フェイルは温情豊かな台詞を
 勇者とやらにかける。
「う〜あ〜」
 円らな瞳から滝のような涙が流れてきた。
 半ベソから本泣きに移行したようだ。
「えっと、こちらと致しましては、慰謝料や迷惑料を要求する気はないので……
 損害分だけ支払って頂ければ」
「損害分……お幾らですか〜?」
「こちらになります」
 メモ帳数ページに渡る計算の結果を勇者に見せる。
「……きゅう」
 卒倒した。
「え? ちょ、ちょっと! 何も気を失わなくても……」
「彼、精神が弱いの。刺激の強いものを見ると、脳の自己防衛が働いて
 気を失う癖があるから」
「刺激物扱いされる程の金額でもないと思うんですが……」
 失神した勇者をジト目で眺めていたフェイルだったが、暫く復帰の見込みがないと悟り、
 対話の相手を女性二名へと切り替える事にした。
「えー……申し訳ありませんが、身元を証明出来る物を何か所持していませんか?」
「彼が勇者だなんて信用出来ない?」
 剣士のその問いに、フェイルは思わず首肯しそうになったが、寸前で堪えた。
「いや、そう言う事ではなく……こう言う場合はまず、身元確認を行うのが
 世の常と言うか、なんと言うか」
「ふーん……ファル、そう言うの持ってたっけ?」
 剣士の女性は少々憮然としているような面持ちで、隣にいる魔術士の女性に問い掛けた。
 返答の言葉はなく、代わりに勇者の背負う、と言うか勇者を潰しているリュックに
 手を伸ばし、中から四画状の薄いケースを取り出す。
 そして、その漆塗りらしきその高級ケースを、無言でフェイルに手渡した。
「これは?」
「勇者証明書です。国王のサイン入り」
 言葉の通り、中には『勇者証明書』と記された一枚のパーチメントが入っていた。
 高級感溢れるカラフルな色彩とデザイン以上に目を引くのが、左上の一角を占める
 剣と槍を交差させた紋章。
 複製すれば10年以上の禁固刑と法律で定められている、エチェベリア国家の国章に
 他ならない。
 右下辺りにある国王のサインと思しき落書きとは比較にならない説得力だ。
「成程……」
 フェイルはそう呟き、本文の方に目を向ける。
 内容は取るに足らないものだが、確認の意味合いで完読する必要があった。
『――――リオグランテ・ラ・デル・レイ・フライブール・クストディオ・パパドプーロス・
 ディ・コンスタンティン=レイネル(以下乙)を勇者と証明する――――』
 途中、その中の一文に目が留まる。
(……何だこの怪しげな呪文は)
「それが彼の名前です」
 思考を読みきった魔術士のフォローに、フェイルの顔が歪む。
 余り人の名前を覚えるのが得意ではないと言う、接客業を営む人間にあるまじき欠点を持つ
 フェイルだが、この場合は仮に覚えられなくても非はないと看做されそうだ。
 覚える理由があるかどうかは別にして。
『尚、乙とその帯同者フランベルジュ=ルーメイア、ファルシオン=レブロフの二名をここに
【勇者とゆかいな仲間たち】と称する――――』
「……言っておくけれど、私はそんな呼称認めていないから」
 露骨に顔をしかめながらそう吐き捨てたのは、女性剣士だった。
「本人達が呼ぶなと言うなら、呼びませんけど……えっと」
「名前? 私はフランベルジュ=ルーメイア。見ての通り剣士よ。こっちは魔術使いの
 ファルシオン=レブロフ。そこに転がってるのは説明不用ね。これで良い?」
 ぞんざいな物言いで、剣士フランベルジュは簡潔な紹介を行った。
 冷めた目付きは、この状況に嫌気が差しているのか、元々そう言う目をして
 生まれてきたのか、後天的にそうなったのか――――定かではない。
 取り敢えず、フェイルは一つ頷いてみせた。
「はい。これで貴方がたの身元は了承……しました」
 そして今一度、勇者一行と言う二人の女性に視線を送る。
 仮にも店を半壊に追いやった人間の一味だと言うのに、申し訳ないと言う気持ちが
 微塵も見えない。
 フェイルの勇者一行への第一印象は果てしなく極悪だった。
「ええと。先程も申しました通り、損害分さえ支払って頂ければそれで結構なんで、
 お願い出来ますでしょうか?」
 それでも、腰を低くして懇願する。
 商売人の辛いところだ。
「無理」
 が、しかし――――フランベルジュと名乗った女性はにべもなく拒否した。
「ええっ!? そ、それは流石に困りますよ」
「そうでしょうね。結構な量を破壊したみたいだし」
「私が見立てた損失額と、店主さんが計算した額とでは、誤差は殆どありません。
 極めて誠実な対応であると判断しています」
 ファルシオンと紹介された魔術士の女性は、友好的な言葉とは裏腹に
 無表情のまま割り込んできた。
「しかし、無い袖は振れないと言う事です」
「要は文無しなのよ、私達」
「……はい?」
 己が理解を超えた二人の発言に、フェイルは心ならずも惚けた顔で聞き返す。
 が、返って来たのは仏頂面だけだった。
「勇者一行だからと言って、必ず路銀が豊富だとは限らないのよ。会った事もない他人が
 自分の家にある財産を寄付してくれるとか、洞窟や町の片隅に都合よく財宝の入った宝箱が
 置かれているとか、人を襲う動物が何故かお金を隠し持っているとか、そう言う事があれば
 話は別かもしれないけれど、現実はそういう訳にもいかないもの」
 フランベルジュは意味不明な例を挙げ、煙に巻こうと言う意図が見え見えの回答を提示した。
 流石に鵜呑みにする訳にはいかず、フェイルは小さく嘆息して目を上げる。
「でも、勇者と言うのは常に大手武器防具屋などのスポンサーがバックにいて、功労金だの
 義援金だので基本的に懐は暖かい、と聞いてますけど」
 そして、先日聞きかじった知識を披露した。
「……チッ」
 舌打ちが返って来た。
 雰囲気はクールだが、感情は相当に表に出やすいと言う面倒なタイプのようだ。
「兎に角、色々あるのよ色々。確かに幾らかの義援金は頂いたけど、全部使ったの」
「残金は、大まかに言っても詳細に述べても、0。純粋な一文無しです」
 二人は真顔でそう答えた。
 そこには一切の後ろめたさや恥じ入った様子はない。欠片も。
「それじゃ、今日の宿はどうする予定だったんですか……?」
「良い事を教えてあげる」
 動揺するフェイルの疑問を他所に、フランベルジュは不敵な笑みを漏らした。
「大抵、勇者って名乗れば只で泊めて貰えるものなのよ」
「……さもしい」
「う、うるさいっ! お金ないんだからが仕様がないじゃない! 好きで無一文に
 なった訳じゃないんだから!」
 どうやらこちらには後ろめたさが多大にあったらしく、フランベルジュは顔を真っ赤にして叫んだ。
「補足しますと、基本的にフランはそう言う狡猾な行為を嫌悪する性格なのですが……
 どうしても野宿は出来ない事情があるんです。責めないであげてください」
「余計な事は言わなくても良いの」
「……」
 フォローしてあげたにも関わらず余計な事と言われてしまったファルシオンは、表情を余り変えず
 その身に纏った空気で拗ねている事を表現していた。
「ちなみにその事情とは?」
「貴方に話す必要は……あっ!」
 突然、フランベルジュが叫ぶ。
 同時に――――
「キサマラぁぁぁ! つぅいにっ見つけたわょおぉぉぉ!!」
 カエルが潰された際に発する断末魔の叫びのような声が、大音量で店全体を震わせた。
 三者揃って出入り口の方に視線を向けると、そこには――――フェイルにも覚えのある顔が
 憤怒の表情で立っている。
「あれ……?」
 つい先日同じ情景を見かけたばかりの店主が首を傾げるのは、当然の事だった。
 何故かと言うと――――目鼻立ちには見覚えがあるが、風貌が一致しないからだ。
 彼の記憶にある造形は、ブ厚い筋肉で覆われた身体とスキンヘッド、そして付けヒゲのような
 ヒゲが特徴的なヒゲハゲマッチョだったのだが、眼前の男には髪がある。
 おかっぱだった。
 そして、口元にはヒゲこそあるものの、形状が異なる。
 所謂カイゼル髭だ。
 しかし他は殆ど同じで、凶悪な面構えや肉ダルマのような身体付きは完全に合致する。
「ウフフフフ……つぅいに見つけたわょお、リオグランテ・ラ・デル・レイ・フライブール・クストディオ・
 パパドプーロス・ディ・コンスタンティン=レイネルとその仲間達ぃ」
 しかし中身は完全に別物だった。
 と言うか、オカマだった。
 しかも勇者の名前を一語一句違わず覚えている程の怨念を携えていた。
「ちょ、ちょっと待て下さい。取り敢えず待って下さい」
「何よアンタ。アタシの邪魔する気ぃ?」
「……」
 フェイルは激しい頭痛に襲われ、眉間に深いシワを作る。
 そのままの顔で、この意味不明な生命体を呼び込んだ原因であろう二人に目をやると、
 完全に明後日の方を向いていた。
「……こんな狭隘な空間で他人のフリされても困ります」
「私達は何も知らない」
「他人のフリではありません。他人なのです」
 断固として係わり合いを拒否する二人を見て、フェイルは確信する。
 疫病神と言う神様の存在を。
「いや、明らかに勇者の名前と思しき呪文を口走ってましたし……」
 だが意地でも抵抗を試みる。
 すると、流石にこれ以上すっとぼけるのは時間の無駄と察してか、剣士フランベルジュは奇妙な
 生物の前にスタスタと歩き出した。
「……チッ」
 再び舌打ちが聞こえたが、フェイルは聞かなかった事にした。
「ええと……妖怪君だったかしら」
「誰が妖怪ですってぇぇ! アタシの名前はヨカーイ=ソラスよっっ!」
 ほぼ妖怪のその生命体は鼻息荒く凄んだが、フランベルジュは澄ました様子で聞き流している。
 まるで、四足歩行の虫を見下ろすかのように。
「あのね。貴方ごときが私達にちょっかい出したところで、どうなるものでもないの。
 これ以上付け狙うのはやめて」
「もしかして、野宿出来ない事情……?」
「まあ、その一つではあります」
 ファルシオンは冷めた目でフェイルの指の先を眺め、嘆息交じりに吐露した。
「そんな事知らないわよぉ! この店ともどもアンタラをイワせてやるわぁ!」
「……そう。これだけ言ってもわからないのであれば、私もこれ以上話すつもりはない」
「えっ?」 
 そして、いつの間にか臨戦態勢へ発展。
 フランベルジュは剣を抜き、ほぼ妖怪の生き物は拳と拳を合わせて筋肉を膨張させていた。
「ちょ、ちょっと」
 その後の顛末が絵に描いたように浮かんで、止めようと一歩踏み込む――――が、
 到底間に合うタイミングではない。
「死になさいやぁぁぁ!!」
「……バカね」
 破壊音。
「あああっ!?」
 壊裂音。
「わああああっ!?」
 粉砕音。
「うわあああああっ!?」
 妖怪の繰り出す拳は、全て正確に店内展示商品を捕らえ、破壊した。
 散乱する植木鉢の破片を前に、フェイルは自分が殴られているかのような悲鳴を幾度となく上げるが、
 戦闘中の二人は意にも介さず続行中。
 フランベルジュは華麗に敵の拳を交わし、その度に花瓶や植木鉢が粉々になって行く。
「推定損失額、9,000ユロー突破しました。あ、10,000突破。大台です」
「……ははは」
 最早止める事も叶わず、フェイルはただただ空笑いするしかなかった。




 

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