既に戦局は、理想とは程遠い――――フェイルはその事実を、噛み締めるようにして
 目を狭めていた。
 遠距離からの射撃で相手を焦らせ、不用意に飛び込んできた所を、それまでと
 異なる技術――――両手をフルに使用した近距離用の弓術を用い、仕留める。 
 それが、フェイルの思い描いていた理想。
 だが、現実は――――幾つもの状況判断の誤りが招いた、限りなく致命傷に近い
 左肩のダメージが、意識すら蝕み始めている有様だ。
 肩は上がらない。
 弓は構えられない。
 致命的だ。
 が、このままで終われば、単なる善戦。
 余興にしては楽しめた――――そんな感想が限度だろう。
「シッ!」
 微かな乱れもない、トライデントの打突。
 槍の重さを考えれば、その槍が描く正確無比な直線は、非常識なほど。
 芸術的とさえ言える。
「……ぐっ!」
 それを何度も避けられるほど、フェイルの身体能力は飛び抜けてはいない。
 幾度かの鋭い踏み込みが、徐々にその逃げ道を消し去る。
 空気を切り裂く――――と言うよりは圧縮するかのような突きに、
 フェイルは次第に追い詰められ、気付けば闘技場の壁を背負っていた。
「はっ……はっ……」
 激痛が、極度に体力を削り、同時に心肺機能の低下も生む。
 あれだけ鍛えたフェイルの身体は、僅か数分の戦いで、もう限界に達していた。
 やはり――――地力が違い過ぎる。
 そう思わざるを得なかった。
 この一連のトライデントの攻撃には、決して派手さはない。
 基本的な打突を繰り返し、敵を後退させ、追い込む――――それだけのもの。
 だが、その間、フェイルは何度も、何度もフェイントやタイミングをずらす為の
 挙動を繰り返し、攻守交替のをきっかけを作ろうと試みていた。
 が、それは全く通用しなかった。
 最短距離で、高精度の攻撃を繰り返すトライデントの瞳に、逡巡は微塵もない。
 得物を追い詰める鷹のように、したたかに、しなやかに――――
 フェイルを弄るように消耗させていた。
「良く頑張った。健闘だ」
 その労いの言葉も、フェイルをより深い絶望へと誘う手段。
 トライデントの顔は、そう語っていた。
「さあ、そろそろ見せてくれ。化物の貌を! 最高の姿を!」
 その色が如実に濃くなり――――それまでで最も速い突きが、フェイルを襲う。
 狙いは顔面。
 それが幸いし、フェイルは首を捻るように動かして回避を試み――――
 その時点で、目を見開いた。
 槍の軌道が――――変わった。
 突きからの、払い。
 これもまた、攻撃の基本の一つ。
 だが、それは突きをフェイントとする事が前提だ。
 トライデントのそれは――――いずれも、必殺の攻めだった。
 全力の突きを、途中で薙ぎ払いへと変化させた。
 それを槍で行う事がどれだけ困難か――――それを理解しているのは、
 この会場の中に数人しか存在しない。
 フェイルもまた、その一人ではあった。
 が――――回避は出来ない。
「……!」
 迫り来る穂先なき槍の柄が、眼前に広がる。
 貰えば、全てが終わる。
 全てを失う。
 背負い込んだものは、あっと言う間に零れていく。
 先程転がった際に、矢筒の全ての矢を失ったように。
 それは許されない。
 弓の未来。
 自身の未来。
 それが潰されるのは、まだ良い。
 実際には良くはないのだが――――弓の未来は、もしかしたら他の誰かが
 作ってくれるかもしれない。
 自身の未来は、自分の責任の下、消化出来る。
 だが、一つ。
 どうしても、この戦いにだけ、全てが懸かっているものがある。
 それだけは、譲れない。
 この戦いは、譲れない。
 絶対に守らなければならないものがある。
 ここには、ある。
 その思いは――――
「う――――あ――――あああああっ!」
 フェイルの咆哮を生んだ。
 無論、吠えたからと言って何かが変わる訳ではないのだが――――
 見開かれたその目が、迫った槍の全景を捉え、訴える。
『避けられる』
 そう、訴える。
 感じるままに、フェイルは首と身体を全て、方向も強さもわからないままに動かした。
 刹那――――意識が飛ぶ。
 が、次の瞬間には、戻る。
 激痛が、それを引き戻した。
 直撃。
 トライデントの槍は、フェイルの頭部を捉えていた。
 壮絶な打撃音が、悲鳴にも似た響きで闘技場内を飛び交う。
 そして――――フェイルは。
「……!」
 トライデントが驚愕の顔で睨む中、壁を擦るように弾け――――止まった。
 倒れなかったのは、辛うじて、急所への直撃を防いでいたから。
 が、頭部からは血が吹き出ている。
「審判!」
 トライデントの目が、致命打の判定を訴える。
 しかし、そのコールはなされない。
 それもその筈。
 当たったのは、穂先ではない。
 そして、フェイルは立っている。
 これは、致命打ではなかった。
 とは言え――――理想とはまたかけ離れてしまった。
 満身創痍。
 最早、フェイルに勝機はない――――誰もがそう思い、その戦いを眺めている。
 健闘は、大健闘へと変わっていた。
 それでも、このまま終われば、この御前試合に参加した意味がない。
 弓矢で、槍兵を仕留める。
 近距離戦を制する。
 そうでなければ、意味はない。
「意味は、ないんだ」
 ポツリと、フェイルはそれを声にした。
「……?」
 その言葉に、不可解なものを感じ、トライデントの顔が歪む。
 フェイルは――――既に意識が混濁し始めていた。
「僕がそれをする事に……きっと意味なんてない」
 ぞれは、ずっと心の底に沈ませていた、偽らざる本音。
 劣等感だった。
 フェイルの弓術は、年齢を考慮すれば、周囲が驚嘆を覚える水準。
 事実、だからこそ王宮に招かれた。
 結果、視野は広がり、腕も向上した。
 だが、同時に――――天才と呼ばれる才能に、自分のそれは及ばない事を知る事にもなった。
 天才でない自分が、果たして弓矢の復権と言う難題を成し得る事ができるのか。
 いや――――してもいいのか。
 出る結論は毎日違った。
 無理なのだろう、と思う日もあれば、いや大丈夫、と思える日もあった。
 その連続で浮き沈みするアイデンティティは、徐々に研磨され、鋭くなって行く。
 同時に、脆くもなっていた。
「僕がやらなくても良い。でも……それでも僕がやる」
 その脆さと引き換えに。
 フェイルの集中力は、一つ上の段階へ引き上げられていた。
 濁ったその双眸が、小さな光を宿す。
 鷹の目。
 梟の目。
 いずれも、この戦いにおいては意味を成さない。
 フェイルが接近戦に拘った理由の一つでもある。
 宿った光は、特殊な力ではなく――――フェイルの持つ意思の力だった。
「……判定は正しかったようだ」
 それを悟り、トライデントが呟く。
 同時に、これまで常にまとっていた狂気にも似た空気が消えた。
 戦う目的が変わった――――そう言わんばかりに。
 特殊な性癖を持つ人間ではあっても、騎士。
 対戦相手に敬意に値するものを発見すれば、その精神に則り、全力を見せる。
 トライデントは、全身の筋肉を隆起させた。
「参る」
 通常、槍術の基本的な構えは、中段の半身構えなのだが――――
 その穂先なき槍の先端が、地面に付く。
 下段の更に下。
 そして、トライデントの体もまた、大きく沈んだ。
 膝を屈め、脹脛を膨張させたその構えは、突進に特化したもの。
 構えだけで、攻撃方法が断定できる。
 同時に――――それでも不可避であると言う自信の表れだ。
 フェイルとトライデントとの距離、8m。
 あの時の、師匠との距離と同じ。
 その位置から、トライデントは――――跳んだ。
 槍の先端が地面を爆ぜ、そのまま浮上するように突き進む。
 当時の、手を抜いていたと言うデュランダルより明らかに迅い。
 加えて、槍のリーチ。
 実際に対峙すれば、その自信は決して過信ではないと、誰もがわかる。
 フェイルも、そうだった。
 ――――ガラディーンの教範がなければ。
「……っ!」
 ただの一度でも、それより迅い打突を経験しているならば、その記憶は
 人間の目に焼き付き、体感を変える。
 それは、誰もが持つ習性。
 鷹でも梟でもない。
 人間の目――――
『何だとっ!?』
 そんな声が聞こえて来そうなトライデントの顔が、フェイルの左方を横切る。
 フェイルは――――回避していた。
 右方へ跳び、壁に激突しながらも、打突を回避した。
 掠る事もなく、鮮やかに。
 逆方向へ避けていれば、先程同様、薙ぎ払いへの移行で仕留められた可能性が高い。
 そもそも、トラインデントが避けられる事を僅かでも想定していたとは――――
「……?」
 否。
 打突の勢いそのままに突進を続けているトライデントの横顔に、一瞬
 微かな笑みが見えたように、フェイルには見えた。
 想定――――していた。
 でなければ、その笑みはない。
 トラインデントの身体が離れ行く中、フェイルの頭に去来するのは――――
 

 ――――願わくば。

 ――――この餞別が、友人の一助とならん事を。

 
 封筒の中に収められていた、指輪。
 クトゥネシリカと言う女性の性格上、贈り物である事はない。
 無意味な物と言う事もあり得ない。
 文言通り、自分への一助となる物――――そう確信するのと同時に、フェイルの目は
 トライデントの槍の先端を捉えていた。
 本能が。
 或いは、理性が。
 その箇所に、視点を固定していた。
 フェイルの顔が、険を帯びる。
 次の瞬間――――闘技場内に光を帯びた文字が躍り――――爆発音が鳴り響いた。
 

「あれは……紛れもなく魔術。あの男、魔槍士だと言うのか?」
 崩れ落ちる壁が、その破壊力を雄弁に物語る中、ガラディーンが驚いた様子で呟く。
 幾ら同じ騎士であっても、それを統べる師団長ともなると、近しい身分の者以外と
 接する機会は極度に少ない。
 その為、ガラディーンがまだ若手のトライデントの能力を知らなかったのは、当然の事だった。
 同様に、デュランダルも。
 よって、対魔術の訓練など、全く行っていなかった。
「どうやら、あの槍の先端のリングが魔具になっているようですね。
 まさか、魔術を使えたとは。完全に虚を突かれました」
 それでも、デュランダルの口調は変わらない。
 当然、表情も。
 例え自身が欺かれようと、その感情の動きは表面化されない。
【銀仮面】の俗称は、伊達ではなかった。
「……何が起こった? 余にわかるよう説明せい」
 一方、アルベロアはあからさまに不機嫌な顔を作り、ガラディーンに問い掛ける。
 王子は明らかに苛立っていた。
「あれは、魔術による攻撃です。トライデントが魔術を使いました」
「それはわかっている。何故、騎士である筈のあの男が魔術など使える?
 魔術は教会の使徒のみが使う技術ではないのか?」
「いえ……そうとは限りませぬ」
 アルベロアの言う教会とは、隣国デ・ラ・ペーニャを本部としたアランテス教会の事。
 その教会が広めた技術として、魔術は全世界に普及している。
 ただ、基本的には、魔術アカデミーを卒業した人間にしか使用する事は許されず、
 そのアカデミーは魔術国家と呼ばれるデ・ラ・ペーニャ以外には殆どない。
 実際、エチェベリアに魔術士は相応の数が現存しているが、殆どはデ・ラ・ペーニャ
 出身の魔術士。
 騎士、それも槍を操る人間が、魔術を使用すると言う例は、まずない。
 最大の理由は、アランテス教会とエチェベリア国家の関係が、必ずしも良好でない事。
 加えて、剣や槍を扱う兵士が、魔術まで修めると言うのは、非現実的である事。
 それ故に、アルベロアの認識はある意味正しかった。
「僅かではありますが、魔術士以外にも魔術を使用する者はいます。まさか【銀朱】に
 所属している者の中にいるとは思いませんでしたが」
「ふざけた事を……! あの爆発を食らっては、弓兵は生きてはいまい。
 なんと言う事をしてくれたんだ。余は確かに刺激を求めたが、これは要らぬ刺激だ!」
 デュランダルの淡々とした言葉に、アルベロアは更に苛立ちを増した。
 その怒りは――――魔術を使える騎士がいる事が原因ではない。
 その魔術がもたらした『結果』に、王子は憤慨していた。
「殿下。例えどのような御身分であろうと、全てが意のままになるとは限りません」
 そんな、次期国王に対し――――デュランダルは、意見をした。
 ガラディーンの目が見開く。
 幾ら王宮騎士団の副師団長と言えど、王族に対し意見をする事は、許される事ではない。
 そういう意味では、フェイルの『虚勢』は、師匠譲りだった。
 ただし、こちらは虚勢ではない。
「……何?」
「だからこそ、策を練る。そしてそれが興となる。そうではないですか?」
 ガラディーンが冷や汗を頬に伝わせる中、デュランダルの言葉は――――
「確かにな。全てが思いのままでは、面白くない。こう言う事もあると、肝に銘じておこう」
「御立派な心がけ、感服します」
 胸を投げ下ろした剣聖のその発言の後、観覧席から歓声が上がる。
 その意味を理解していた騎士二人に対し、アルベロアは驚いたように顔を闘技場へ向けた。
「何だ? 何があった。もう勝敗は決したのではないのか?」
「殿下の懸念通りに事は成らなかった、と言う事です」
 デュランダルのその言葉に呼応するように、ガラディーンは一つ息を吐く。
「あれを避けるとは……偶然、ではない筈だ。お前の手筈か? デュランダル」
「いえ。私にとって、あの魔術は全くの想定外。フェイルの実力です」
「何があったと言うのだ! 余にわかるように説明せ……むっ?」
 再び苛立つアルベロアは、その答えを二人から聞くより前に、正解を知る。
 壁を破壊した際に生まれた煙が薄まり、闘技場の全景が鮮明になる中――――
 そこに立つ人影は、審判も含め、三つあった。


「……信じ難い。避けたと言うのか……?」
 トライデントの顔には、それまでにない狼狽が克明に表れていた。
 それは、例えば自身より遥かに上の実力者を前に、絶望の淵に立たされるような、
 そんな焦燥や不安とは程遠い感情。
 戦局は未だ、圧倒的に有利である事は変わりない。
 だが、終焉を確信した攻撃が、それも限りなく不意打ちに近い攻撃が、鮮やかに
 回避されたと言う事実は、トラインデントの内部から動揺を作り出した。
 それだけではない。
 トライデントは今、胸部を抑えて蹲っている。
 遥か内部まで貫通し、体内の組織を突き刺したかのような、強烈な痛み。
 それをもたらしたのは、一本の矢の襲撃だった。
 魔術による爆発を起こした直後。
 突然、それは現れた。
 油断――――と言うよりは、弱点。
 魔術と言うのは、遠距離、近距離共に有効な、万能の攻撃手段だが、
 施行するにはルーンと言う文字を空中に描かなければならない。
 それを省略する技術が、隣国で開発された――――そんな噂は流れているが、
 トライデントはそれを使用する術を持たない。
 が、それは今回、問題とはならなかった。
 問題なのは、もう一つの弱点。
 魔術による攻撃は、その破壊力の大きさから、巨大な音をしばしば生み出す。
 爆発系の魔術であれば、視界も一時奪う。
 そこを狙われた――――そうトライデントは解釈した。
 そして、それを狙うと言う事は。
 フェイルは、トライデントが魔術を使用出来ると言う事を知っていた、と言う事になる。
「まさか、クトゥネシリカが漏らしたと言うのか……?」
 通常、騎士が自身の上司の隠し事を他人にばらす事はしない。
 それは、例え騎士を辞めた後でも同様。
 まして、クトゥネシリカは堅物で有名な女性だった。
 仮に、恨みを抱えていても、名指しで情報の漏えいを行うと言う事は、あり得ない――――
「彼女は何も漏らしてなんかいないよ。僕が勝手に察知しただけだ」
 フェイルの声は、トライデントの後方3mの位置から生み出された。
 その手には、先程矢筒から落とした矢の中の一本が握られている。
 槍のリーチならば、ほぼ一瞬で埋められる距離。
 接近戦の距離だ。
「魔術には恨みがあるからね。ちょっとだけ、過敏になるんだ」
「それは知らなかった。脅かすつもりで藪を突いたら、毒蛇を招いてしまった……
 差し詰め、そんなところか」
「さあ。ただ、負けられない理由は一つ増えたかな」
 弓矢を表舞台から引き摺り下ろした、魔術。
 フェイルにとっては宿敵だ。
 その魔術に対しての意地が――――上がらない筈のフェイルの左肩を、上げさせた。
 最早、理屈はない。
 体調も、技術もない。
 目の前の敵を、倒す。
 フェイルの中には、その遂行を残すのみ。
 完全に煙が晴れると、トライデントが再び槍先端部を地に付け、打突の構えを取っていた。
「構えろ。最後の攻防と行こう」
「……わざわざ待ってくれるっての?」
「疑うな。もう魔術は使わない。自分はあくまで槍兵。魔術は、添え物だ」
 その発言に、何ら信憑性はない。
 だが、フェイルは魔術による攻撃への警戒を解き、左肩を酷使して、構えを取った。
 結果――――何事も起こらず、双方が双方へ得物を構える構図が整った。
「他者を蹂躙する感覚が好きだった。恐怖に歪んだ顔は、嗜好を満たしてくれた」
 トライデントの体勢が、更に沈む。
「が、それでも尚、満たされぬ渇望がある。お前が、それを満たしてくれると言うのか」
「知らないよ。興味もない」
 フェイルは、限界を越えていた。
 頭からの出血で、既に視界も奪われている。
 激痛は、最早意識を繋ぎ止めておく命綱にすらなっていた。
「僕の弓で、槍を、魔術を、あんたを撃つ……それだけだ」
「ならば、それも善し!」
 フェイルの右手と左手の筋肉が、同時に動く。
 そして、その一瞬の最中、トライデントもまた、足の筋肉を最大限に稼動させる。
 火花のような、刹那の接点。
 フェイルの矢が先か、トライデントの槍が先か。
 雌雄は、今まさに――――
「それまでっ!」
 決した。
 二人が動く、その直前に。
 審判の声と手によって。
 二人同時に、怪訝な顔でその方に目を向ける。
「フェイル=ノートの先程の爆発の際に放った一撃が、トライデント=レキュールの心臓を
 捉えたと判定! この勝負、フェイル=ノートの勝利とする!」
 その宣告が――――御前試合第一戦の、終焉の合図となった。
 フェイルは、動かない。
 そこに歓喜はなく、驚愕の顔で審判を睨みつける。
 見えている筈がなかった。
 トライデントにも、審判にも、死角になっている状況で撃ったのだから。
 射撃自体は、トラインデントの足元に落ちている矢で、事後に確認する事は出来た。
 が、それが正確に心臓を射抜いた事など、わかる筈もない。
 それなのに、何故――――
「……」
 一方、トライデントは、数秒ほど呆然としてたが――――早々に動いた。
 構えを解き、槍を立て、無言で所定の位置へと戻る。
 そして、自身にではない歓声が鳴り響く中。
 深々と、一礼をした。
 不満一つ漏らす事なく。
「……なんだよ、それ」
 フェイルは動かない。
 勝ち名乗り等に、意味はなかった。
 何一つ文句をつけず、抗議もせず、踵を返して闘技場を後にするトライデントの背中。
 そこに、敗者を裏付ける要素は、何一つなかったのだから。
「僕は……こんな結末、望んじゃいない……」
 取り残されたのは、勝者と告げられただけの、ただの参加者。
 誰も、弓が槍に勝ったとは、思わない。
『爆発に紛れて放った矢が偶々当たった』
 ――――この戦いの意味は、そんなところだ。
「……はは」
 フェイルは、笑った。
 歓声に紛れ、誰にも聞こえない声で。
 この、大舞台の中。
 王族、貴族、そして二人の騎士が見守る舞台の中。
 フェイルは、ただ笑うしか、なかった。








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