御前試合。
 それは年に一度、国王や大臣など、王宮の権力者達が親覧する、
 王宮騎士同士の試合の事を指す。
 王族にとっては、緊迫感溢れた娯楽。
 王宮騎士にとっては、権力者に名を売る好機。
 戦争で名を上げる事が困難になった今、純粋に強さで出世を勝ち取るには
 最高の舞台であり、有名になる事の出来る数少ない機会とあって、
 出場を望む声は多い。
 ただ、その一方で、無様に敗北を喫してしまおうものなら、
 大きな損失となる事も明白。
 騎士の昇級には王族、大臣等の意向が大きく加味されるだけに、
 その負の心象は人生をも左右しかねない。
 腕に絶対の自信があるのに、中々上司に認められない――――そんな騎士が
 参加を希望する一方で、ある程度出世コースを約束されたエリートは
 見送ると言うのが、毎年見られる傾向だ。
「些か驚いたな。まさか、御前試合に弓兵を推薦するとは。二つ返事で
 参加を決める弓兵も弓兵だが」
 王宮内の大広間で派手に開かれているセレモニーに背を向けながら、
 フェイルはガラディーンの愉快そうに笑う声を、嘆息交じりに聞いていた。
「弓兵同士の戦いは、余り迫力がないと言う理由で近年は敬遠されていたが……
 よく国王様は御許可なされたものだ」
「……そんなに、弓兵って人気ないんですね」
 更に嘆息が濃くなる。
 大広間の一角、テーブルの上で普段は絶対に食べられない豪華絢爛な料理に
 舌鼓を打つ気にもなれず、フェイルは視線を周囲に向けた。
 その半数程度が、このテーブルに何かしらの形で視線を向けている。
 当然の事ではあった。
 剣聖ガラディーン。
 そして、その隣にはデュランダル。
 王宮騎士団【銀朱】師団長と副師団長が同席している時点で、
 注目を集めないと言う事はあり得ない。
 一方で、フェイルに対しての視線と言うのも、少なからずある。
 王宮弓兵団最年少の兵士。
 デュランダルが世話を焼いている少年。
 それに加え、御前試合にエントリーした弓兵として、それなりに話題性を
 有しているというのが、現状だ。
 ただ、今の状況は、フェイルにとって何ら意味を成すものではない。
 注目されなくてはならないのは、個人ではなく、武器。
 今はただ、変わったモノに対して好奇の目が向けられているに過ぎない。
 そんな現状は、フェイルを少し苛立たせていた。
「余り気負う事はない。選んだのは俺だ。お前は、お前のすべき事をすれば良い」
 沢山の大人に囲まれて、少なからず精神的に早熟となっているものの、まだ15歳の少年。
 涼しい顔で好奇にさらされる程の余裕は、ない。
 それを理解し、デュランダルは敢えて少し的を外した言葉を発した。
「気負ってる訳じゃ、ないんですけどね」
 フェイルはそれに気付く事はなく、そんなデュランダルの言葉に対し、
 少し肩の力が抜けていくのを感じながら、苦笑する。
 その二人の様子に、ガラディーンは感心したように破顔していた。
 現在、この場で執り行われている式典は、王族、元老院の一部、【トリスタン】
 周辺の貴族、王宮の上流階級、有力者、そして御前試合の参加者が
 集っており、それぞれの顔見世が行われている。
 この後、対戦の組み合わせが発表され、参加者がそれぞれ壇上で決意表明を口にする。
 組み合わせは、独断と偏見では決められない。
 ある程度、公平を期する形で、見学する面々が話し合いを持ち、
 また『武』における専門家に、それぞれの戦力や相性を分析させ、
 最終的には採決を取って決定とする。
 それは何故かと言うと――――御前試合は、賭けの対象となるからだ。
 賭けは、結果がわかっていては面白くない。
 ある程度実力が拮抗して、初めて成り立つ。
 当然、オッズも定められるが、それが大き過ぎる、或いは小さ過ぎる数字になると、
 誰も賭けなくなる。
 そう言う意味で、デュランダルの参戦を望む声が少ないのは当然だった。
「いずれにしても、人前で戦うと言うのは、訓練とは大きく異なる。
 緊張もすれば、硬くもなる。焦りも生まれる。実戦には及ぶべくもないが、
 現在考えられる環境では最も良い経験となるだろう。頑張りなさい」
「ありがとうございます、剣聖殿」
「また……」
 フェイルのおどけた敬礼に、デュランダルは頭を抱えて嘆息した。
「失礼します!」
 そんな最中――――周囲の喧騒をひれ伏させるかのような、一際高い声が
 フェイルの直ぐ近くであがる。
 視線を向けると、そこには直立不動で構える男の姿が見えた。
「自分は、王宮騎士団【銀朱】分隊長、トライデント=レキュールと申します!
 この度は、ガラディーン様の御推挙の元、栄えある御前試合への参加を
 お許し頂く所存となりました! 身に余る光栄、身の引き締まる思いであります!」
 歯切れの良い言葉の後、最敬礼。
 そんな、いかにも騎士と言った所作に対し、ガラディーンはフェイルに向けていた
 笑顔とは正反対の、厳かな顔で一つ頷いた。
「話には聞いておる。己の培っていた経験、育んできた技術を存分に発揮し、
 国王様や元老院の方々に見て貰いなさい」
「はっ! ありがたき御言葉!」
 再び最敬礼。
 騎士とは斯くあるべき――――そんな主張が、一つ一つの挙動から滲み出ている。
「デュランダル様におかれましても、この度の御承諾を賜り、感謝の極みであります!
 お二方の名を汚さぬよう、精一杯尽力したい所存です!」
「ああ。君には期待している。頑張ってくれ」
「ありがたき幸せ! それでは、失礼させて頂きます!」
 デュランダルに対しても大きく頭を下げ、最後にもう一度ガラディーンに
 一礼し、トライデントと名乗った男は粛々とテーブルから離れて行った。
「……何故、あれが出来ないのか」
「いや、僕には無理でしょう。育ちが違うって感じですし」
 デュランダルの皮肉に、フェイルは皮肉で返す。
「名前だけは、以前から聞いていたが……トライデント=レキュールか。
 まだ20代半ばであれだけの気概を持っているのは、立派な事だ。
 次から次へと良い人材が出てくる。良い所を見せられれば良いが」
「彼には、【銀朱】の未来を背負って貰う必要がありますから。恐らくは
 その期待に応えてくれるのではないでしょうか」
 同じ【銀朱】の一員であっても、ガラディーンやデュランダルのような、
 階級の最上位に位置する騎士が、分隊長クラスと接する事は殆どない。
 戦争時の騎士の仕事が、国を守る為に戦う事であると言うのは、
 誰もが知る一般常識だが、戦時下にない時代における騎士の日常と言うのは、
 実はかなり個人差がある。
 領土を貰い、統治すると言う騎士は、ごく一部。
 一般市民と余り変わらない暮らしをしている騎士も、少なからず存在する。
 合同訓練が毎日行われている訳でもなく、ただ単に漫然と一日を過ごす騎士もいれば、
 己の強さを追求し、日々自主訓練に勤しむ者もいる。
 そう言った中で、各隊の行動を管理するのは、その隊における長、すなわち
 分隊長であり、隊長。
 それより上の位の騎士は、直接の指導はせず、国家や外国を相手に仕事をする。
 指導力を発揮すると言うよりは、象徴としての存在。
 フェイルが今、席を共にしている二人は、そう言う存在だ。
「師匠は、特殊部隊とか持たないんですか?」
 そんな中の一人に対し、フェイルは頬杖をつきながら疑問を口にした。
 指導すると言う立場ではないものの――――身分が高い騎士には通常、
 所属している騎士団とは別の部隊を持つ事が多い。
 仕事を遂行する上で、統括された集団は必須。
 ただ、デュランダルはその部隊を表立っては作っていない。
 それも、彼の神秘性を裏付ける一因となっている。
「フェイル。このデュランダルは、そのような事を公の場で話す男ではない。
 某にすら、殆ど報告は来ないからな」
「それは困った部下ですね。下克上を虎視眈々と狙ってるに違いないですよ。
 今の内に無理難題をふっかけて、失脚させた方が良いんじゃないですか?」
 軽口を叩く遥か年下の少年に、デュランダルは眉間を指で多い、俯いた。
 既にこのやり取りも、日常的に定着している。
「にしても、剣聖と天才に期待される若手、ですか……大変ですね、あの人も」
「お前は他人の事より、自分の心配をしろ」
 デュランダルが呆れ気味に指を差す。 
 その先には、壇上で困った顔を浮かべている進行役の男の姿があった。
「決意表明、君の番のようだ。トライデントに負けぬよう、立派な姿を
 師匠に見せてくると良い」
「わかりました。頑張ります」
「……真面目にやれよ」
 釘を刺すデュランダルに一つ頷き、フェイルは少し急ぎ気味で壇上へ赴き、
 参加者一同に深々と一礼した。
「この度、御前試合と言う大変立派な舞台に立たせて頂く事になりました。
 一介の弓使いとして、とても嬉しく思います」
 それは、ごく普通の挨拶のようで――――実は、そうではなかった。
 フェイルは、名乗らなかった。
 自身の名前を宣言せず、弓使いである事を主張した。
 そして――――
「ここからは、身勝手な要求ではありますが……出来れば、同じ弓兵じゃなくて、
 剣士や槍士の皆さんと相見える事を期待しています。宜しくお願い申し上げます」
 不敵に、そう言い放った。
 無論、それが掟破りである事も、自分に対して大きな負債が圧し掛かる事も、
 承知の上で。
 遠めにデュランダルの頭を抱える姿が映る中、フェイルはその視線を
 別の人物へと向けた。
 それは、同じ参加者。
 トライデント=レキュールは――――先程の騎士然とした顔を何処かへ仕舞い、
 その口の端を微かに釣り上げていた。


 数日後。
「……フェイル=ノート。聞き及んだぞ」
 訓練を終え、矢を片付けているフェイルの元に、二つの人影が訪れる。
 一人は、クトゥネシリカ。
 もう一人は――――その背中に隠れてフェイルの方を窺っている。
 しかし、その目は開いていない。
「あ、フレイア。こんにちは」
「あ……こ、こんにちは。お、お久し振り、です」
 その少女に対し、フェイルはニッコリ微笑んで手を振った。
「フェイル=ノート、妹を名前で呼ぶな! リングレンと呼べと
 いつも言っているだろう!」
 そんなクトゥネシリカの突然の咆哮に、後ろのフレイアが大きく身を竦める。
「怖がってるから、大声は出さないであげてよ」
「くっ……お前が大声を出させているんだろうが」
 震える握り拳の行き場に困り、クトゥネシリカは呼吸を荒げて深呼吸をしている。
 そんな様子を、フレイアはおろおろしながら――――見てはいなかった。
 依然として、彼女の目は見開かれてはいない。
 そして、それは彼女にとって、自然な事だった。
「あ、あの……し、シリカお姉様、どうしてそんなに怒っていらっしゃるので、しょうか?
 フレイアは、名前で呼ばれても構いは、しません」
 怯え続けるフレイアは、ついにはしゃがみ込んでしまった。
「ち、違うんだフレイア。私が怒っているのは、この野蛮人が……ああっ、そんな顔をするな。
 おい、フェイル=ノート! 何と言うか……助けてくれ」
「妹の面倒くらい自分で見たら?」
「おのれ……と、兎に角フレイア、今のは、何でもないんだ。別に私は
 怒ってる訳じゃない」
「そうそう。僕とシリカは仲良しなんだよ。全然怒ってなんてないんだ。
 きっと、昼食に白い方のパンを奢ってくれるくらい仲良いんだよ」
 フェイルが柔らかくそう告げると、ようやくフレイアは落ち着きを取り戻した。
「ほ、本当に? シリカお姉様」
「あ……ああ。確かに、それくらい良好な関係を気付いているんだ。ははは。
 ……白いパンは高いんだぞ……お前にはいつか天罰が下るよう、呪ってやる」
 後半は、フレイアに聞こえないような小さい声での呪詛。
 フェイルは特に気に留めず、矢の回収を再開した。
「で、何の用? 散歩のついで、って訳じゃなさそうだけど」
「フン。フェイル=ノート……御前試合に出るらしいな。しかも、式典で
 デュランダル様に恥をかかせた、と聞いている」
 先程までの激昂をようやく抑え、クトゥネシリカは本題を唱える。
 王宮は、決して広くはない。
 このような噂は直ぐに伝わる。
「恥をかいたかどうかは、本人に聞いてよ。良い口実になるでしょ?」
「ば、バカを言え! 既に一昨日、弟子入りを志願して断られてる身なんだ!
 中二日での来訪は厚かましいだろう……って、そうじゃない! 話をすり替えるな!」
「すり替えてるのは、そっちだと思うけど。ねえ、フレイア」
「あ、あう……す、すいません。フレイアにはよくわかり、ません」
 狼狽する妹と、楽しげに矢を拾い続ける宿敵を交互に見ながら、
 クトゥネシリカは大きく嘆息した。
「全く……反省の色を少しは見せたらどうなんだ? 仮にも、あのデュランダル様が
『師匠』と呼ばれる事を許している男だと言うのに、何故そうも野蛮なのか」
「野蛮ってイメージは僕にはないと思うけど……あと、何か回りくどい」
「貴様の事をデュランダル様の弟子などと言いたくないんだ! うう、羨ましい……
 自分も師匠、弟子と呼ばれる関係になりたい……」
 両手を戦慄かせ、大声で叫ぶ姉の背中を、フレイアは困った様子で摩っている。
 気を静めようとしているらしい。
「ま、それは置いといて」
「置いておくような軽い事ではない!」
「シリカは、御前試合は出ないの?」
 それは、純粋な疑問。
 そのフェイルの問い掛けに対し――――瞬時にクトゥネシリカの顔が沈む。
「出たかった……が、出させて貰えなかった」
「あ……そ、その、なんて言うか、ゴメン」
 重い空気が、場を支配する。
「良いんだ。貴様のその配慮の足りない性格には虫唾が走るが、承認を頂けなかったのは
 自分の力量不足に他ならない。女が剣で名を上げるのは、そう容易な事ではないし、な」
 その事実は――――フェイルも感じていた。
 クトゥネシリカの剣士としての技量は、一流と呼んで何ら差し支えはない。
 少なくとも、分隊長クラスの力は持っている。
 だが、現実として、彼女には階級は与えられていない。
 それが、女性剣士の現実。
 だからこそ、御前試合と言う舞台は、彼女にとって起死回生の場となる筈だったが――――
「そのような言い訳ばかりしているから、いつまで経っても半人前なんだよ。お前は」
 不意に、その現実をより重くする言葉が、三人以外から発せられる。
 フェイルは視界を動かし――――そして、眉を潜めた。
「女だから認められない。女だから不当に扱われている。女だから。女だから……
 そのような態度では、到底栄えある【銀朱】の一員ではいられないぞ、クトゥネシリカ」
 そこには、先日見た時とはまるで違う、歪んだ顔をした――――
 トライデント=レキュールの姿があった。







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